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自称・明治天皇の孫による殺人未遂裁判 1/3

この日、私は朝イチで裁判所に行きました。
江東区OLバラバラ殺人事件の星島貴徳の判決があったからです。

ものっすごい人が集まりました。
数十枚の傍聴券に対し、並んだ傍聴希望者は518人。


うわー


ずっと当たる気がしていましたが、アッサリ外れました。
http://kasumikkodoku.blog43.fc2.com/blog-entry-223.html#more

気を取り直して向かった先は531号法廷。
殺人未遂の新件です。


被告人はフラフラしながら小股で歩いて入廷。
大きめの黒いジャージに白いズボンを穿いた白髪のジィ様でした。

昭和24年生まれの60歳。
住居不定の無職です。
昭和63年まで暴力団組員として生活し、前科6犯。
昭和48年には殺人の前科がありました。

中学卒業後は、大工や土木関係の仕事を点々とし、
平成13年から無職となり生活保護を受給していました。


被告人は被害者Tさん(60)に日頃から酒を盗まれている事で腹を立てていました。
事件の日の平成20年4月26日、被告人は福祉施設の相部屋でテレビを観ていると、Tが勝手にチャンネルを変えました。午前中もやられていたので腹が立ち文句を言うと、「寝ていると思った」と言われ、被告人はこの言葉を聞き取れず、バカにされたと思い殺そうと思いました。



…すごい動機。
ほんとキレやすい年寄りが多いですよね…


首を刺せば確実に殺せると思い、16時頃、Tさんが横になっている背後から近づき、小刀(刃体7.5㎝)を首めがけて刺し、Tさんがビックリして起きたところで胸を刺しました。


首と胸を数回刺されたTさんは血を吐いたので死ぬと思い被告人は逃げ出しました。
Tさんはその後病院へ運ばれて、入院58日の怪我を負いました。


被告人はナイフについた血を水で流し、福祉施設へ戻りました。

そして警察に職質され「俺は関係ねぇ!俺はタカハシだ」と

初めは嘘をつきましたが、再び聞かれて認めました。

取調べで被告人は、「私は明治天皇の孫である。公儀介錯人だ」という妄想を話し出しました。


明治天皇の孫…!


公儀介錯人…!


このパラレルワールドを堪能したくもありますが、
裁判員裁判なので公判前手続きが済んでおり
判決までわずか3回で終わる予定。


今日は、被害者の証人尋問、被告人質問、精神科医の証人尋問までの予定です。
次回は論告弁論、3回目に判決という流れになるそうです。


検察官側はTさんが酒を盗んだということもあったとしてTさんと、

精神鑑定をした精神科医の2人の証人尋問を請求。


被告人は今まで受給されたお金で貯金をし、自立した生活を送ってたし、

今まで問題を起したことはなかったので人格に基づく判断が出来たとしました。


更に、警察に声をかけられた時、偽名を名乗ったのは罪の意識があったからであるし、
取調べでも明確な記憶の元、供述していたので意識障害はなかったとしました。



それに対し弁護側は、殺そうと思ったのはチャンネルのせいではなく自分が明治天皇の孫で公儀介錯人だという妄想が原因である。
そして元々Tさんに酒やものを盗まれたと思い込んでいて、いつかやろうと思っていた。
被告人は1歳の時から公儀介錯人だと思っていた。
Tさんはお酒を盗んだことはあるが、缶やビン、お金などを盗んだことはない、そう思い込んだのは妄想していたからである。
TVのチャンネルはあくまでキッカケである。チャンネルが原因で後ろから首を刺すなんて妄想なしでできるわけがない。
ムラオなる人物が何か言っていたとか、首を刺せば時代劇みたいに血が噴出すと妄想していたとしていた。

などの理由から、被告人は心神喪失で無罪を主張していました。


公訴に争いはなく、幻覚と妄想があったことも争いはない
この事件が幻覚と妄想にどのくらい関係しているか、
酒を飲んだことなどがどのくらい関係しているのかが争点となりました。


取調べを受けた際の被害者の供述
「私は早口で発音が悪かったので、被告人は聞こえなかったのかもしれません。振り向きざま首にチクッと痛みが走り、被告人の体がベッドから半分出ていました(被害者は二段ベッドの上で寝ていた)。そのあとのことは覚えていません。胸も手もなぜ切れたのかわかりません。被告人が立ち去り、流しへ行ったので、自分の首を触るとぬるっとしました。刺されたんだと思い、「誰か救急車を呼んでくれ!」と言ったが誰も来ないので、自分の携帯で119番しました。今週の月曜まで喉にチューブをさしててまだ固形のご飯を食べられません。4ヶ月も入院していました。チャンネルを変えただけで刺されるなんて納得がいくわけない。少なくとも5~6年は刑務所に入って欲しい。」


検察官は、事件のあった福祉施設やベッド、

そして被害者の血でべっとりの現場の写真(おぇ)をスクリーンに写して説明しました。



裁判員制度導入を意識した裁判は悲惨な事件をイメージしやすい現場の写真だけでなく、血がべっとりの現場、被告人本人による被害者を殺すシーンの再現など視覚で訴えてくるので、具合が悪くなります。


被告人はこれまで、「館ひろしにもう少し待てと言われた」「神田正輝のオヤジ、通帳に金が入ってる」など意味不明の発言をしたり、公務執行妨害で逮捕された後は「花園神社は俺の神社だ」と言っていました。


これまで昭和45年から4、5回刑務所に入っています。
被告人は目が悪く、2級の障害手帳を持っていて毎月26000円の障害手当てと年金で暮らしていました。
19万5700円の貯金があります。


被告人の妹の供述。
父は宮大工のトビ職で兄は電気屋に働きたがっていたが、

トビ職をさせたがる父は反対し、飛び出して東京へ行きました。
その後音信不通でしたが、殺人をやったと知らせがきました。
8年くらい服役して、30歳頃稲川系のヤクザに入り、組長にもなりました。その頃、母が亡くなり、組関係から立派な花輪が届きました。母の入院費も全て兄さんが出してくれました。
その後、理由は知りませんが組は解散し、ヤクザ時代に結婚していた女性とも離婚しました。
そして平成8年頃に私の家で1年居候し、私のお店(スナック)を手伝っていましたが、フラリと出て行き、その後1年に1回くらいくらい会いにきていました。


被告人は妹が4人いる5人兄弟の長男みたいです。


再び被告人の供述より。
「なくなった酒、ウィスキーやビンがTさんのロッカーにあった。
Tさんに聞くと「みんなやってんだ、我慢しろ!」と言われた。
例えば酒を買ってテーブルに置き、トイレに行って戻ってくるともうなくなっている。
Tのヤロウ、いつかケジメをつけてやると思うようになった。ケジメをつけてやるとは、殺してやるとい意味です。
事件当日は同室のSさんにコーヒーを買いに行かせ、ポケットに入れておいたナイフで刺しました。
今は助かってよかったと思います。」



被告人は重度の覚せい剤使用を認め、幻覚幻聴も認めました。


これまでの被告人語録(迷言)
「公儀介錯人を1歳の時からやってんだよ」
「(精神病は?の問いに)1回だけ。指を毎日つめちゃったから」
「(覚せい剤は?の問いに)やったよ。長くて1年8ヶ月しかシャバにいないから」
「(酒は?の問いに)飲まないね、コップ4杯くらい。前は一升飲んでたからね」
「(今回の事件は?の問いに)ムライに言われたからね」
「(ムライとは?の問いに)福島刑務所の刑務官。困っちゃうよね。上に立ってんだから」

「俺が三浦和義捕まえたんだよ」発言もありましたw



午前はここまで。
午後は被害者Tさんの登場、そして被告人質問です!
あ、あと精神科医もきます。



見ごたえたっぷり!



後半に続く~



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